この写真は、昨晩、家のテラスから撮影したものです。車のヘッドライトに照らされた先は…。そう、粗大ゴミの山…。
昨晩は私の住まいのエリアは月に1回の「粗大ゴミの日」でした。
そこで思い出したのが、日本の「粗大ゴミの日」。私が覚えている限りでは実家の粗大ゴミの日は月に2度あったように記憶しています。
その都度、指定の場所になっているあたりは数メートルにもなる家財道具をはじめとする「物」が溢れていました。 今ではリサイクル法の実施で有料回収のみが認められていますので、昔のようなヒドい出し方にはなっていないと思います。
さて、スイスで目にした「粗大ゴミ」の山。 これはまさに「ヨーロッパ=古い物を大切にする」というイメージを払拭するものでした。 ただ、これは地域や住んでいる世帯の概要にもよるのだと思います。 なぜならば、以前暮らしていたスイスの街のエリアでは第一火曜日の粗大ゴミの日でも、「山」になるほどは「物」が出されていなかったからです。 今私が暮らす地域は日本で言う「団地エリア」のため、子供も多いですし、様々な人種の人々が暮らしています。そのためか、子供用品で成長に合わせて買い直したのか…そんなことを思わせる家具などが多く見られます。
それにしても、こんな大量の「物」が世界中で「ゴミ」として出されているのかと思うとゾッ…とします。 どのように分別し、どのような過程をたどって、どこへ行くのでしょうか?
今、どの国へ行っても「消費、消費、消費」「物を買え、物を買え」「新しいものを買え、新しいものを買え」と言った、まるで悪魔のささやきのようなものが、社会を覆い尽くしています。 「国の成長=消費」 という公式が成立してしまう世の中が恐ろしく思えてなりません。 それは、経済ニュースで流れる「日本の経済回復傾向…消費者動向が上向き、消費に伴う貨幣流通が大きくなってきた…」という海外でも伝えられる日本の「経済指標」ニュースの 言葉にもあらわされています。 物を買って、消費することが日本を支えている…そのことを痛感させられる瞬間です。
「お金は天下の廻りもの」とは良く言ったものですが、これが「物を買って、捨てる」だけの「廻」を指しているとは思えません。
日本は世界でも指折りのリサイクル推進国となりました。 でも、なぜ、リサイクル法を作らなければならない国家になってしまったのでしょうか? なぜ「なんでも屋」さんや「中古屋」さんの軒先に入りきれないほどの「物」が溢れているのでしょうか? なぜ、私達の生活を支えて来てくれた家財道具が「ゴミ」と呼ばれなければならないのでしょうか?
来月から私は新しい生活を始める為に家具やらなにやら買いそろえなければなりません。 でも、一度買ったら「捨てる」ことはしたくありませんから、長く使える良い物、デザインに流行の無いものを選びたいと思います。
「物」はゴミとして一生を終えるために作り出されるべきではないのに、いつの間にか私達は 「物」は捨てる事でその使命を終えるかのように勘違いするようになりました。
「物」は使うから価値があるのです。 「物」は人が大切にするから価値があるのです。
捨てるだけが「物」を手放す方法ではないはずです。
もう一度、自分たちの消費動向を考えてみよう…。そう思いながら昨晩はシャッターを押しました。 |
Comments on "ゴミの日"
そうですね、いろいろ考えさせられました、たとえば家具でも何でもアメリカの人はアンティークものやらふるい家具のよさを利用して家のデコレーションをするのに対し、日本人は古いものは捨てて新しいものを購入する物質主義、でも日本人は少なからず物は増やさないでおこうとする姿勢があります、家が小さいからでしょうか。だからどちらがいいという訳ではないのですが、それぞれに物を大切にしている傾向があるようにも見えます。アメリカには大きなリサイクルショップがいくつもあるし、誰でもヤードセールや、フリーマッケットをひらけるというのもいいアディアですよね。日本にももっと増えたらと思いました。
hotaruさんへ
コメントありがとうございます。
そうそう、私もアメリカのヤードセールやフリーマーケットの簡単openはすごくいいなぁと思いました。
土日なんかに家の軒先で家財道具を売るって、楽しいし、ご近所付き合いや通りすがりの顔見知りが増えて楽しかったことを思い出します。
もう一度き基本に戻って物を大切にしたいですね。
大学生の頃、粗大ゴミで家財のほとんどを賄っている友達がいましたよ。貧乏だからというより、「ほっとけない」精神で。
ベルリンでは、ある日突然通りにマットレスがぼよよ〜んと出現したりします。カウチやテーブルなんかも…。
今日のニュースに、ユニクロがリサイクル回収するとありましたね。いいアイディアだと思いますが、採算はとれるのか?
気になります!
私もドイツに来たてのころ、何もなかったので、友達と道からいろんな家具を拾ってきたものでした。
未だに使ってるテレビの台は道に捨ててあった時新品同様で、実は置き忘れてただけなんじゃないかと心配しましたが、やはりゴミとして捨てられていたようです。
誰かにとってゴミなものが、ある人には必需品ということですね・・・。
ゴミをクリエイティブに活用して、新たな命を吹き込む。それを心がけていきたいものです。
cha chaさん
お久しぶりです!!!長い事更新がなくて心配しておりました!!!
夏休みはご家族でゆっくり過ごされていますか?
今回の粗大ゴミ、私も引っ越しがなければ何か頂きに、この場所まで行っていたと思います。友達なんかにはこのゴミ日に素敵な家具なんかを発見して今でも使っている人がいますし…。と、なるとお金持ちさんのいる場所なんかにいくといろいろ掘出し物があるのかしら?
あ、でもこういう人達はあんまり捨てないかな…。
ねずみXさん、
ベルリンも粗大ゴミ指定日はありますか?
ゴミ…というと何ともいたたまれないですが、出されていてもしっかり使えるものってたくさんありますよね!
そういうのは使いたい人達の間で、長く使ってあげたいものです。
ユニクロさん、頑張ってこういう動きを他の企業にも示していただきたいですね!
kaoluさんへ
新品同様のものが、ゴミとしてですか!!!???
なんとも、もったいないですね…。でもきっとkaoluさんの手でその家具も息を吹き返して、今でも幸せにkaoluさん宅でその役目を果たしてくれているのでしょうね。
物って不思議と人に「私を手にとって…」と言うメッセージを送っているような気がする私なんですが、kaoluさんの経験談でますますそうなんだ…と確信しちゃいました。