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April 02, 2006

思い出してごらん。

(ロンドンにて撮影。)

『言葉の力』大岡信

人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のど
れをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、正しいと決まって
いる言葉はない。ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の
人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。それは、言葉というものの本
質が、口先だけのもの、語彙だけのものだはなくて、それを発している人間全体の世
界をいやおうなしに背負ってしまうところにあるからである。人間全体が、ささやか
な言葉の一つ一つに反映してしまうからである。
京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、志村さんがな
んとも美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。そのピンクは淡いよう
でいて、しかも燃えるような強さを内に秘め、はなやかで、しかも深く落ち着いてい
る色だった。その美しさは目と心を吸い込むように感じられた。

「この色は何から取り出したんですか」
「桜からです」

と志村さんは答えた。素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出
したものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒
っぽいごつごつした桜の皮からこの美しいピンクの色が取れるのだという。志村さん
は続いてこう教えてくれた。この桜色は一年中どの季節でもとれるわけではない。桜
の花が咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、
えもいわれぬ色が取り出せるのだ、と。

私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。春先、間
もなく花となって咲き出でようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸
命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからで
ある。花びらのピンクは幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、樹液のピンクであ
った。桜は全身で春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほ
んの先端だけ姿を出したものにすぎなかった。

考えてみればこれはまさにそのとおりで、木全体の一刻も休むことのない活動の精
髄が、春という時節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎないのだった。しか
しわれわれの限られた視野の中では、桜の花びらに現れ出たピンクしか見えない。た
またま志村さんのような人がそれを樹木全身の色として見せてくれると、はっと驚く。

このように見てくれば、これは言葉の世界での出来事と同じことではないかという
気がする。言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。一見したところぜ
んぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花びらの色を生み出している
大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に背負っているのである。そういう
ことを念頭におきながら、言葉というものを考える必要があるのではなかろうか。そ
ういう態度をもって言葉の中で生きていこうとするとき、一語一語のささやかな言葉
の、ささやかさそのものの大きな意味が実感されてくるのではなかろうか。美しい言
葉、正しい言葉というものも、そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。
(中学校『国語2』、光村図書出版、平成3年版)

NTD TKSのサイトに掲載されていた文章を参照させていただきました。

この文章を読んで、何人の方々が「あの頃」を思い出されるであろうか…。
私はこの教科書の本文に出会った時、ある種の衝撃を受けた…だから、今でも覚えているこの文章。
「桜」という木のエネルギー、「桜」という木が私たちに与えてくれる「心」がこの文章の中に含まれているように思う。

また、「桜」の木をとおして、「言葉」が我々の日常生活にどんな染色をしているのかを改めて考えさせられる文章である。社会に出て、いろいろな経験を積むごとに「一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの大きな意味が実感」させられるようになったことは書き留めておくべき事実であろう。
14才くらいで学んだこの文章ではあるが、人間国宝染織家の志村ふくみさん、日本を代表する作家の大岡信さん(文化功労者)の組み合わせで勉強をしていたことに、今更ながら驚き、そして「言葉」の力をその時以上に感じながら…ロンドンで迎える2006年の4月。


日本の春=桜であるが、ここロンドンにも桜がここ数日のうちに一斉に咲き始めた。
ようやく気温が上がりはじめ、吹きつける風も2、3度温かく感じるようになった。
先週末はまだ咲いていなかった桜が、今週は多くの場所でほぼ満開である。
日本で多く見られる「ソメイヨシノ」も所々で見られるが、多くの場合は「関山」種。
濃いピンク色で花びらの枚数もずっと多くなる。八重咲きの桜である。
「桜色」という表現に代表される「ソメイヨシノ」を見慣れている人にはちょっとインパクトの強い姿かもしれない。

ロンドンの街中の桜は日本のように何百本も植わっているわけではないが、思わぬところに桜が植えられていて、思わず私の足を止めてしまう…。
吹きつける風に舞う桜の花びら…。とどめておいて風よ…、桜の美しい姿をもうしばらく…。
と思うも、それは自然のルール…。このひと時を楽しむべく、春の日を過ごすのである。

「浮き世」という言葉は平安時代頃には「桜」の美しい開花のあと、はかなくも散っていく…という姿を意味する言葉であった。その後、「浮世絵」という言葉にもあるように、移り行く「時代」の流れを表現するようになった。
時代は移り変わり、桜を囲む街の風景は変わっているが、桜を眺める人々の心は平安の時と変わっていないのかもしれない…。

もっとも、当時の桜は「吉野の山桜」であったであろうが…。

Quoted from "The Tale of Murasaki"(P391 L:26〜34) by "Liza Dalby"

「世の中を 何なげかまし 山桜 花見るほどの 心なりせば」
Why do we suffer so in the world? Just regard life as the short bloom of the mountain cherry.

......(中略)
In the end she had no more sorrow than does a cherry blossom at its falling.

あなたの春、どんな「心」と共にあるのだろう…。

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Comments on "思い出してごらん。"

 

Anonymous Anonymous said ... (April 03, 2006) : 

貴方は日本から遠く離れたロンドン、私は日本で。今一緒に桜を感じているんですね。春になれば当たり前のようにある桜。むしろ日本を離れて味わう方が感慨深いかもしれませんね。 貴方のブログを通じて日本にいながらもさも自分が異国にいるかのような・・・日本の美しさ、歴史を客観的に鋭く観察してるかのような・・・そんな日頃なかなか有り得ない想像力の中日本を味わっています。ありがとう。 八重桜の塩漬け、簡単なので是非チャレンジしてみて下さい。夏に桜の花が咲くゼリーなんてのもいいですよ!

 

Blogger Marinka_ilmondo said ... (April 03, 2006) : 

makimakiへ
脳裏にやきつく、故郷の桜は何よりも一番美しいものです。故郷を恋しがる…というよりは、故郷を憧れる…と言った方が良いかな…。
makimakiはお花見に行ったかな?
八重桜の塩漬け…、
花の散る頃に、私は桜の木の下でボールをひろげてお花が落ちて来るのを待っていれば良いかな…?
makimakiならどうする?

 

Blogger Marinka_ilmondo said ... (April 04, 2006) : 

cha chaさん
なるほど、人の内面も…。同感です。
世間では外見の美しさばかりを強調する世の中ですが、本来の人としての美しさは生き様や信念、やさしさなど、心が大切なんですよね。
cha chaさんのコメントで、また1つお勉強させていただきました。

 

Blogger Minako said ... (April 04, 2006) : 

毎年この時期になるとホームシックになる私。スウェーデンの桜は5月まで咲きません。王立公園に日本から寄付されたソメイヨシノと思いますが、桜の並木がありますが、満開になるまでまだまだ辛抱です。
日本人の桜に寄せる思いって本当に強いですよね。日本を離れるまでこんなに恋しく思うとは夢にも思いませんでした。
千鳥ヶ淵の満開の桜、目を閉じて思い出しています。

 

Blogger Marinka_ilmondo said ... (April 04, 2006) : 

Minakoさん
5月まで桜が咲かないんですか…
きっとスウェーデンの春は一斉に駆け足でやって来る分、植物の躍動に満ちあふれて美しいのでしょうね。

それぞれの想い出の桜の場所があるって、いいですね。
これもはやはり、日本人の「心」なのかなぁ。

 

Blogger ジャパワイフ said ... (April 06, 2006) : 

読みはじめた時、あれ?と思い、まさか!と中学生の時を思い出してしまいました。
この文章はなんかとても心に残った文章なので、私も覚えていました。

季節の移り替わりを自然を通して肌で感じる。素敵な事ですよね。

アメリカでは季節ごとにイースターとかサンクスギビングとかお家のデコレーションがとても素敵で、時に激しいくらい力のこもったものも見ますが、やっぱり自然から感じるほうがいいなぁ~と思います。

 

Blogger Marinka_ilmondo said ... (April 06, 2006) : 

ジャパワイフさん
あ、同じ教科書組ですね!
なんだか嬉しいです。まだこの文章は使われているんでしょうかね…。これ、とってもいい作品だし、日本語が乱れている若者世代にはぜひ読んで欲しいですね。

色の感覚ってお国柄で変わるので面白い比較文化論が書けそうな気がしますね〜。

 

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